たこぼうずの我楽多呆告

自由老人の浜松趣味生活

老後を豊かに過ごすには(1)

F-398
前回 予告したように たこぼうずのような老人が 残りの人生を
豊かに過ごすにはどうしたらよいか 考えてみた。

きっかけはNHKの番組で 最近の会話やテレビ番組などのなかで
「ヤバい!」とか「マジ?」とか「エグい」とかの 言葉が目立つ
と言っていたことが 妙に気になった(笑)
若者や中年の人でも 使うことが多いと感じる。

これらの言葉を使うと何が ヤバいか(笑)というと・・・

ヤバいという言葉が広い範囲の感情を表す言葉であって これを
多用すると 自分の感情などがすべてヤバいで表現できることになり
微妙なニュアンスが伝わらない(汗)
言葉が貧弱ならば そのひとの表現もまた貧弱である。

つまりヤバいという言葉は 危険だ ということや 都合が悪いということ
だけでなく 素晴らしい とか 感動した というときにも使われていて
今や どんな感情もヤバいの一言で片付いてしまう。
これはダメだ(笑)

この傾向が続けば どんどん感情表現は 起伏のないものとなり
自分の 微妙な心の動きは ひとに伝わらないであろう。

また それだけではなく ひとの話しを聞いても ヤバいなどの数語で
表現が済まされてしまい 相手の感情を正しく聞き取ることができない(汗)

これらが どんな理由で そうなってきたか と考えてみると
SNSの影響かどうかは分からないが 現代で直接対話が苦手な人が
増えているのは 「言葉が貧弱であるからである」と断定する。
あくまで たこぼうずの勝手な考えであるが 実感として・・・
「言葉が貧弱である」と感じられる。
語彙が貧弱であると言い換えてもいい。
「自分の言葉を豊かにすること」がまず必要である。

自分のことが伝わらない ひとが言ってることに共感できない
というのが現代の特徴であると感じている。
なるべく多くの表現方法を身につけることと 電波でなく直接の会話を
増やすことで 解決の方向に行くのでは?と考えるが 間違いだろうか。

ではどうすれば 言葉が豊かになるかを考えてみるに・・・
どう考えても「本を読むことである」と断定したい。
言葉を豊かにするならば どうしたって ひとの表現方法に多く接する
ことが大切であり、それには どんなジャンルでもいいので たくさんの本に
出会うことが必要である。読書のススメとなろうか(笑)

あとは直接向き合ってたくさん会話することであり。
これは飲み会のススメということになるのではないだろうか(笑)
これならば たこぼうずでもできる。

ところで
これからの人生を豊かに過ごすために不必要なこともあるであろう。
つまり豊かな生活を目指すのだったら しなくてよいことがある。

それは「ひとと比較すること」である。
比較がいけないのではないが 比較することで負の感情が湧き上がって
くるのがイケナイ(笑)
無理はない。われわれは子供の頃から 学校その他で比較される環境で
ずっと育ってきたからである・・・劣等生たこぼうずより

従って多くの人は 人間関係について 何かにつけて 上下 優劣 損得
ものさしにしがちである。
これは あなたの周囲の人を観察するとわかるのであるが
すごくそれらに敏感な人 と 数は少ないが鈍感の人と存在する(笑)

敏感症のひとは 豊かな生活をおくることができない。
なぜなら これらは 経済的事情とは無関係だからだ。
親の教育なのか 友人の質の問題なのか 言葉が貧弱なためなのか・・・

理由ははっきりしている
上下 も 優劣 も 損得 も 相対的価値であるために
いくら追いかけても満足が得られないためである。
したがって いつもイライラしている。
自分が充分 認められない不満を常に抱えているだからだ。
従って 満足することがない! 充足することがない。
言葉をかえれば 向上心が旺盛であるという言い方もあるだろう。
自己中心的な向上心である(笑)

ここまで書けばわかるであろう。
「比較は無意味である」ブラックホールだからだ(笑)

比較する習性は どちらかと言えば 学生時代に優秀な人に多い。
勉強ができた という意味だ(笑)
勉強ができた という人にいい人は少ない(笑)

従って たこぼうずは いい人である(笑)

では  では